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クリス・タン 氏「グローバルな世界におけるバイオテク事業」

シンガポール分子細胞生物学研究所 初代・前所長アジア太平洋分子生物学ネットワーク 上級顧問、沖縄科学技術大学院大学シドニー ・ ブレンナー 学長の国際関係専門顧問
・・・イェール大学、NIH、ジョンズ・ホプキンス大学、カルガリー大学などを経て、シンガポール分子細胞生物学研究所(IMCB)設立のため、シンガポールへ帰国。主な研究内容は「インターフェロンとサイトカインの作用機構」。1987年-2002年にわたり、同所長を務め、500名以上の優秀な研究者を海外より招聘し、多くの製薬企業との共同研究を進めるなど、同研究所を国際的に有数の研究所へ育てた。2002年より、シンガポール政府の科学技術庁(A*STAR)長官の科学技術顧問や、メリーランド大学ヒトウイルス研究所顧問、アメリカおよびアジアでのバイオテク・ベンチャーファンドの顧問なども務めている。最近の投稿記事「Science Star Over Asia」

◇◇◇

スター的存在となるアジアの研究

ソウルのヒト胚性幹細胞(hESC)に関するニュースは、世界中に大きく報道された。W.S.Hwang博士らの研究チームがクローン化された胚盤細胞(blastocyte)からhESCを分離することに成功したという驚くべく研究発表によって、韓国は世界中の注目を浴びた。さらに、その後の展開は、衝撃的な結末に終ったが、韓国のバイオテクノロジーの研究は着々と進んでいることは間違いない。

一方、アメリカの臨床研究や臨床治療の状況も重要性を持つ。生命活動を守るという権利の立場に対して、生命の危機を現実に脅かしている病気と闘うためにhESC研究を許可するという立場が依然と論争を続けており、パブリック・オピニオンの両極化という現象を引き起こしている。

そして、rofecoxib (Vioxx)、あるいはmethylphenidate (Ritalin)など何千億円もの販売実績を上げている医薬品が次々と販売中止になるという最近の事件は、製薬業界の評価を危機的にしている。

21世紀の医学はまさに交差点にさしかかっており、製薬・医療の産業は大きな転換期に直面している。その転換期を前に、アジアは、新薬発見のアウトソーサーとしての役割も担いつつある。驚くべきことに、中国のパイプラインだけでも、最新医学を用いた新規開発医薬品が140個も開発されたし、そのうち60個は抗体やワクチンなどの生物医薬品となっている(60個という数字は世界中で開発された生物医薬品の10%にあたる)。

欧米での臨床試験費用が上昇の一途たどることを考えれば、近い将来、アジアで多数の臨床試験が行われることになろう。アジア太平洋の地域でこのように研究が活気づいているのは、単なる偶然から来るものではない。それは、研究力の強さに基づいた資本形成や戦略的パートナーシップの結成に努力を結集した成果である。

中国伝統医薬と天然物からの新薬開発

中国伝統医薬は、1949年の中華人民共和国成立以降も、中国の医療の中心である。今日、香港の研究者は、中国伝統医薬の古典書物の分析から、薬草の有効成分を検索し、同定する研究を欧米の研究者と共同で行っている。

中国伝統医薬の有効成分のほとんどは分かっていない。有効性があると言われている効能は、薬草抽出液に存在している有効成分が複数作用していると思われる。これに対して、西洋医薬は、ある特定の単一成分が対象となっている疾患に有効であるということに関する再現性の原理に依存している。しかし、西洋医薬でも、最近では、ガン治療からエイズ治療に至るまでの広い治療領域で、複数の医薬品を組み合わせて処方するという技術が成功を収めている。例えば、エイズ治療においては、患者の体内で高頻度に発生するエイズウイルスの変異が薬剤耐性を引き起こすが、組み合わせ処方により薬剤耐性に対応が可能となった。

シンガポールでの成果

1993年、シンガポールの分子細胞生物学研究所(IMCB)で行われていた細胞シグナリングの研究がグラクソ・ウエルカムの注目を引き、天然物から創薬のリード化合物をスクリーニングするために同研究所にハイスループット創薬センターが設立された。私はIMCBの創業者であり、また、初代所長を務めていた。

このグラクソ・ウエルカムとの共同研究によって、シンガポールの創薬企業であるMerLion Pharmaceutical社がIMCBからスピンアウトすることになった。同社は60万種類を超える非常に包括的で多種類の天然物化合物のライブラリーを保持していた。さらに同社は、欧米の大手製薬会社と共同研究を進め、その貴重な天然物化合物ライブラリーの中にリード化合物がないか、スクリーニングを行ったのであった。

そして、数年後に、ハイスループット・スクリーニングの技術、非常に特異的な細胞シグナリングが介在する部位の特定、コンピューターを用いた天然物化合物ライブラリーのインデックス化などの技術がシンガポールに確立した。その成果として、今、世界中の企業がアジア太平洋に集まり、天然物化合物から新規リード化合物を同定するという動きが始まったのであった。

「Me Too」型経済から「Can Do」型経済へ

20年くらい前までは、欧米のどの研究者も優れた研究がアジアから出てくるとは到底思えなかった。基礎バイオ研究に多額の資金を投じる国など、日本を除いてはアジアにはなかった。80年代に入ってから、シンガポール、香港、韓国、中国などの経済成功国が、「Me Too」型の製造業経済から「Can Do」型の情報社会に改革発展することを検討し始めた。

それは可能なことなのか、もしも可能だとして、各国が研究者の絶対必要数を確保するにはどれくらいの歳月が必要なのか。奇跡のシンガポール経済をつくりあげた当時のシンガポールの副首相Goh Keng Swee博士は、公設の学術センターとしてワイズマン研究所と比肩する研究所を設立できるか検討した。

その結果、シンガポールのIMCBが1987年に設立され、欧米、カナダから若手研究者が採用されたのだった。そしてその10年後には、IMCBは、バイオ集中研究センターとしての地位を確立した。分化、増殖、細胞転移、ウイルス相互作用などの細胞シグナリング機構を研究する300名の研究者が採用され、10年というわずかな時間で、ほとんど何もないところから優れた研究組織に育った。

 

 

さらにその10年後、12以上の研究所に拡大し、ゲノム科学、神経科学、ナノ技術、バイオインフォーマティックス、画像技術、創薬、感染症、ヒト疾患モデルシステム、トランスレーション医学などの研究を行うことになった。これらの全ての研究所は、新設の研究都市「Biopolis」、大学、病院などに設立された。シンガポールで研究する研究者は、ここ10年の間に2倍に増加し、3,000名となった。この増加は、研究者が欧米からアジア太平洋の地域に移動している傾向を裏付けている。

アメリカで成功しているアジア人研究者、例えば、神経科学を研究しているカリフォルニア大バークレー校のM. M. Poo博士、テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンターのX. D. Wong博士、エール大学の遺伝学者T. Xu博士、シンガポールIMCBのP. Li博士、Scripps研究所のC. W. Wong博士、南カリフォルニア大学のM. Lai博士などは、最近、中国あるいは台湾にそれぞれの研究所を設立した。アジアの内部でも、同様な移動が起こっている。2001年、ガン研究の第一人者として知られる京都大学の伊藤博士が、研究チームを引き連れてシンガポールのIMCBに採用されたことは、日本のメディアでもとりあげられ大きな話題となった。

日本の新しい 試み

日本は、予算にしてアメリカと年間ほぼ同額の資金をバイオ医学研究に投じているが、いくつかの点で世界のバイオ研究から遅れをとっている。そのような状況の中、沖縄にバイオ研究の科学技術大学院大学が設立される決定が下された。学長には、外国の著名な研究者が選ばれることになっている。教授陣と大学院生は、日本人と外国人の混合形態で構成され、英語を用いることが示された。

設立の目的は、沖縄の大学院を通じて有望な研究者を日本に呼び寄せて、日本のバイオ研究のシステムを改革することである。研究や産業などあらゆる面で日本の中心となっているのは本州であり、そこから遠く離れた沖縄に大学院を設立するという計画は日本を成功に導くものであろうか。

全ての条件が整えば、良い研究が花咲くものである。20世紀のアメリカがまさにそうであった。潤沢な資金、研究成果に対する経費の割合、どこでも若い才能を見つけられるという豊かな人材源、アジア社会に対して外国人を受け入れる文化的な背景、よい生活環境など多くが整っていた。情報社会が現実のものとなる時、世界中のどこでも低コストでプロジェクトが遂行可能となり、どのような産業でも研究開発をアウトソースするようになる。

アジアの才能をネットワーク

20世紀においては、アメリカが世界中のトップ研究者を魅了する研究のメッカであった。しかし、今日においては、経済環境が一変している。アジアには、豊かな若い才能が有り余るほど存在している。21世紀にアジアが研究のメッカになるためには、その地域の国々が長期的な見識を持ち、アジアの研究者がアメリカの研究者と盛んに共同研究を行うように、アジアの研究者同士の共同研究も活性化されることが切望される。

アジアが研究のスター的存在となることは疑いない。しかし、残念なことに、アジアの研究が「小国乱立」という欠点をむき出しにしているのも事実である。ヨーロッパでは、研究が国境を越えてEMBO(European Molecular Biology Organization)という組織によって支援されている。今日、アジアでも若干の国々の間では国境を越えて研究資金が提供されている。

しかし、8年前、東京大学医科学研究所の元所長であった新井賢一博士を中心とする先見の明ある研究者により、ヨーロッパのEMBOに類似した組織が結成され、 A-IMBN (Asia?Pacific International Molecular Biology Network) と命名された。今日、300名の研究者が会員となり、アジアの16カ国から著名な研究者が名前を連ねている。資金の多国的な支援が存在しないという現状を克服し、新たなアイデアで資金調達を行い、毎年、ワークショップやシンポジウムを開催している。優れた研究がアジアで行われ、アジアの才能がこれまで見たこともないように、世界を動かすことに期待している。

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