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山下 泰裕 氏「夢への挑戦」

全日本柔道連盟強化副委員長、東海大学体育学部教授、東海大学柔道部部長

柔道家として、ロスアンゼルスオリンピック無差別級優勝をはじめとして、9年連続で全日本選手権優勝、世界選手権+95kg3回連続優勝、世界選手権無差別級優勝など偉業を達成し、203連勝にて現役を引退。東海大学、全日本柔道連盟などで後進の指導にあたるほか、教育、文化交流、人生論など幅広く社会に関わり、「夢への挑戦」を続けられています。国民栄誉賞受賞、フランススポーツアカデミーグランプリ受賞など多数受賞。奥田経団連会長との共著「武士道とともに生きる」ほか、「黒帯にかけた青春」、「勝負の瞬間」など著書も多数執筆。「未来に向けて、夢に向けて語り合う」ために、山下泰裕公式ホームページを開設し、情報発信。

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TSUNAMIアントレプレナーズ倶楽部のチャーターメンバーである阪様(アスカコーポレーション株式会社 代表取締役)のご紹介で講演いただけることになりました。夢への挑戦。可能性への挑戦、そして、限界への挑戦。この3つの意味を込めて、山下様は色紙に「挑戦」と書かかておられるとのことです。そういう意味で、今まで取り組んでこられた挑戦、現在取り組んでおられる挑戦、これから目指そうとされている挑戦について、お話しいただきました。

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今まで取り組んできた挑戦

・柔道との出会い
柔道を始めたのは小学校の4年生です。体がでかいだけではなく、非常に元気がありました。ありすぎました。ありすぎたエネルギーが悪い方へ悪い方へいって、小学校時代大変な問題児でありました。私の両親は食料品店をやっておりましたが、このままいくと、将来、人様から後ろ指を指される人間になってしまうのではないか、と、なんとかせなあかん、と。忙しい両親はなかなか私の私生活までに手が回らなかったんですけど、そこで柔道をやらせることを考え付いたそうです。小学校時代は、柔道をやったからといって、行いが良い方になるわけでありませんでした。でも柔道が大好きになりました。だんだん夢中になってきました。

・恩師との出会い
中学校に入って素晴らしい恩師に出会い、そこから私の人生が変わりました。柔道だけは強くなりたかったので、白石先生という恩師の言われることを、信じて、ついていったら必ず強くなれると思いました。「柔道でしっかり頑張ってきたことは、必ずちゃんと人生に活きる」、「強くなりたかったから、人の話を素直に聞ける人間になること」。そして、もう一人の恩師が東海大学付属高校に転校してきて出会った佐藤先生という恩師です。いろんなアドバイスを受けました。先生から学んだことは、言葉ではなく、行動、考え方の方が大きいでした。「人生を通して自分自身を高めていかなければならない」、「物事をなしとげた時に、いかに多くの同志を集めることができるか、そして、いかに多くの人の心に火をつけるか」を学びました。

・選手時代の挑戦
ピークはロサンゼルスのオリンピックでした。試合は非常に厳しいものでした。2回戦で軸足脹脛の肉離れを起こすんですね。準決勝は、フランスの選手でした。試合早々、この選手のかけた技で、私は投げられてしまうんですね。頭がぼーっとして、俺はここで負けてしまうのかな、と考えました。その途端に、急に物凄い激しい声が、私の内側から聞こえてきました。「一所懸命頑張ります、というのはこの程度なのか。オリンピックに怪我をして無様な試合しに来たのか。」「いや、違うんだ。俺が今まで一所懸命頑張ったのは、こんな無様な試合しに来たんではないんだ。この程度の怪我で負けてたまるか」私は心の中でこう叫びながら、相手に向かっていきました。私の気迫に押されたのか、取ったポイントを守ろうとしたのか、相手の柔道が、攻めの柔道から守りの柔道になりました。そして、心も逃げになりました。その隙をついて、何とか逆転で勝つことが出来ました。決勝では、ちょっと体をさばきましたら、相手が空振りしまして、もんどり倒れました。倒れた相手に乗っかって、押さえ込んで勝ったんですね。それまでやったことも考えたこともなかったさばきが無意識に出た。怪我して、足を引きずって、無様な試合でしたけれど。

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現在取り組んでいる挑戦

・柔道の教育的な価値
選手を辞めた後は、日本のコーチになりました。そして、1992年からのバルセロナオリンピックが終わってから、シドニーオリンピックが終わるまでは、全日本柔道男子監督をやりました。私が白石先生、佐藤先生から、教わってきた柔道は、ただ試合で勝ちを目指す柔道ではありませんでした。柔道の道、柔道を通しての人づくり、人間教育、そういう教えも学んできました。柔道は今から120年以上前に、嘉納治五郎先生が創出されたものでありますけど、柔道によって、心身を磨き高めて、社会に役に立つ人材を送り出していく。このことを柔道の目的としまして、嘉納治五郎先生は始められた。しかし、選手として、指導者として、やっていく中で私が非常に気になったことは、柔道人のモラル、あるいは道徳、倫理観、マナーこういうものが非常に落ちてきている。あまりにも多くの柔道人が、勝ち負けだけにこだわって、柔道の教育的な価値におきまして、それを実践していないということです。

・柔道ルネッサンス活動
2001年に日本の柔道界、新たな運動がスタートしました。柔道ルネッサンス活動。これは、創設者の理想の原点に帰って、柔道を通して、人づくり、そして人間教育、これを大事にしていこう、といった運動です。柔道ルネッサンス委員会は、全日本柔道連盟と講道館が合同で立ち上げたプロジェクトです。この立ち上げから今日まで、この運動の中心になって、この活動を推進しています。私にはこの活動で夢があります。それは、柔道をやることに子供たちが憧れている。柔道着を肩にかついで、道場に行くことが増える。そういう時代になることです。そして、もう一つが、私も教育の世界に生きてきました。総理諮問の教育会議国民会議のメンバーでもありました。今年の3月までは、文部省中央教育審議会のメンバーでもありました。今の教育、非常に荒廃しております。もう一つの柔道ルネッサンスが目指しているものは、教育の荒廃から少しでもいいから子供を救っていきたい。これは強い選手を作ると同じぐらい、それ以上に価値がある活動ではないかなと思っています。

・世界へ
世界を回っていますと、日本みたいに恵まれた豊な国だけではないんですね。貧しい国々でも教育の荒廃は進んでいます。私は、国際柔道連盟の教育コーチ理事ですから、そのネットワークを生かして、日本の柔道界で少しでも成果が上がったら、それを世界の柔道界に発信していきたい。選手時代から全日本監督時代まで、しょっちゅう海外に出ておりました。今も年間、100〜120日ぐらい海外に出ております。世界の国際柔道連盟に加盟している国々は191あります。で、そういう国々に行ってきますと、柔道をやっている人達の中には、柔道を通して日本語に興味を持っている。日本に憧れを持つ。日本の文化に関心を持つ。そしてぜひ日本行きたい。そういう人達が多いですね。柔道をもっともっと世界に広げることを通して、世界の国々を通じて、柔道だけに対してではない、日本の文化や、日本人、日本語に、興味、関心、理解を持ってほしい。そいう思いで、世界の国々に、柔道の普及活動をしてます。その中で、プーチン大統領や経団連の奥田会長との親交も生まれました。

選手としての人生、指導者としての人生、そして3度目の人生

私はなかなか、わがまま、欲張りの人間です。人生を、5回か6回ぐらい生きたいと思っております。第1回目が選手としての人生、2回目が指導者としての人生、そして3度目の人生に入って来ていると思います。人生最後の夢だけははっきりしております。最後の夢は、いまだお会いしたことがない、嘉納治五郎先生が私を迎いに来てくれると。「おぅー、君が山下か。よく柔道の道を究めたな。有難う。」 そして、もう一人、私をこよなく可愛がってくれた、自分の孫のように可愛がってくれた東海大学創始者の松前重義先生が一緒に迎いに来てくれる。「俺の目に狂いがなかった。頑張ってくれた。ご苦労さん。有難う。」これが私の人生最後の夢でございます。今、このような活動をしてきまして、経団連の奥田会長からも、なんか組織でも作ったらどうかとご提案をいただきました。今、NPO法人を立ち上げる方向で動いております。もっともっと多くの人に呼びかけながら、一緒に手を組みながら、柔道を世界に広げるていくことを通して、もっともっと多くの人が日本のことを正しく認識してくれる方向を目指して、全力を尽くしていきたいと、思っております。

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あまり質問が出ないのではとの山下様の当初の懸念とは正反対に、非常に活発な質疑が続出し、それらに対して丁寧で示唆に富むご回答をいただきました。「確実に前に進みながら、次の後継者を育てること」、「人間としての魅力を高めること」。「苦労するのは当たり前であって、大変だからやりがいがある」。「自分にあったものと出会うこと」と「好きになること」。「スポーツの世界で非常に大切なことは、指導者」、「心の持ち方」。「強者の立場と弱者の立場の見方を併せ持つこと」。「知識は枝葉であって、自分が目指していく人生は何だろうかを考え、育むことが大事」。「学力の低下、もっと問題なのは体力の低下、もっと大変な心の不健康」...など誠実で、アントレプレナーにとっても深い意味を持ったお言葉を頂戴しました。

 

 

 

 

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